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2020.7.12 牧師の書斎

4月、5月は教会に集まって礼拝することが出来なかったが、6月の第一主日から三密を避けて教会で礼拝が再開され早1か月が過ぎようとしている。先週、月曜日の聖書通読の箇所は詩篇133篇であった。1節に「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう」と読んだ時、「アーメン、アーメン」と自然に口から喜びに溢れた。毎週、兄弟姉妹と顔を合わせ、主の御顔に合わせて礼拝することが当たり前のように思っていたが、毎週集まれることはそうではないと言う事を今回のコロナ禍で経験させられた。

 

バビロン捕囚から帰還して、エルサレムの神殿において祭司やレビ人が奉仕において再会した喜びを歌ったものと言われている。また、年ごとの都上り、年毎の都詣でにおいて、兄弟たちに再会する喜び、同族であることを確かめる幸いを歌ったものとも言われている詩篇133篇。

 

教会とは呼び出された者たちの集まりという意である。そして、その喜びは、主にささげる礼拝と兄弟愛の実践という形で初代教会は増大していった。使徒の働きには、「信者となった者たちはみないっしょにいて、そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。」(2:44-47)と兄弟愛を実践したその喜びが記されている。

 

東京、大阪でコロナウィルス感染の第二波が始まっている。徹底した予防を講じて教会での礼拝を守っていきたい。主が一人一人を感染から完全に守って下さることを祈っている。