牧師の書斎 2018.8.12

2年間の教会成長セミナ―の学びを通して与えられたビジョン「十字架から流れるバリアフリーの宣教」を20年近く祈っている。アブラハム、イサク、ヤコブ世代、親から子、子から孫へと信仰が継承されていくことが私の牧会理念である。日本のプロテスタント宣教が150年以上になっても1%の壁が破れないのは、信仰が一代で終わってしまう現実にあると言う。神がアブラハムを選び、祝福の基とされたのは、多くの人々を祝福し、その子どもと後の家族に主の道を守らせるためである。


私たち夫婦に預けられた子供たちの信仰の継承のため、神の一方的な恵みによって守られていることを感謝している。子供たちが小さな時、私自身はまだパート勤めをしていて時間的な余裕がなく関わることが出来なかったが、妻が母として子供たちのために祈りを持ってしっかり霊育してくれ今まで信仰がまもられていることに感謝している。まだ幼いが、孫たちが主イエスを信じてバプテスマを受け、三代目のクリスチャンが誕生することが私たち夫婦の希望であり喜びであり、責任である。1に祈り、2に祈り、3に祈りである。それまでは天国に帰ることはないと信じている。

 

これからの少子化時代、教会学校伝道の難しい現状は将来の日本の教会全体が危機的な方向へと向かっている。2004年に「教会からクリスチャンホームの子がいなくなる」という翻訳本が出版された。原書のタイトルは「Right from Wrong」で、1994年に発行された。今から約34年前のアメリカで起こっている現実の調査を元にして書かれた。アメリカで起こっている事はほぼ間違いなく日本にその影響を及ぼす。訳本の「どうしたら次世代に聖書の基準を継承できるのか」という副題は、深刻、かつ危機的な問いかけである。しかもその問題の根は深い所にある。原著者は「子どもの教育に対する大きな変化は、子どもに対する第一の教育の責任は自分である、と考えていない親の頭の中で起こったのだ」と訴えつつ、不変・普遍の真理に立ち返るように促している。


 次週の礼拝後、2人の子供がバプテスマを受ける。彼らは3代目のクリチャンである。教会の宝であるこの子供たちの信仰が守られるように、また後に続いて共に教会を建て上げていく「神の聖所の柱」となる老いも若きも多くの人が集められるように祈ろう。

 

 

    

牧師の書斎 2018.8.5

日本列島は毎日異常高温が続いている。インドネシアへ行く前、ある方が熱帯国へ行くことを心配して下さり塩飴や汗拭きの冷シートを下さり重宝したが、ジャカルタでは日中最高気温が32℃位であった。スマホで毎日日本のニュースを見ていたが、日本の多くの場所で35℃を超え、更に地域によっては40℃を超えて熱中症で亡くなられるのを聞いて兄弟姉妹や家族のことが心配になった。ニュースでアナンサーが「ためらわずにクーラーをつけて自分のからだを守って下さい」と言っているのを聞き、熱中症対策への真剣さが伝わってきた。


先週、炎天下の時間帯に出かける用事があった。
空は雲が全く見えない青空であったが否応なしに肌を刺す暑さの中で自転車を走らせていた。その時、「主は、昼は、途上の彼らを導くため、雲の柱の中に、夜は、彼らを照らすため、火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた。彼らが昼も夜も進んで行くためであった。昼はこの雲の柱、夜はこの火の柱が民の前から離れなかった。」(出エジプ記13:21,22)のみ言葉を思いだし、目に見えない雲の柱を神に感謝した。
シナイ半島は朝夕の寒暖差が非常に大きい。毎日昼には35℃を超え焼け付くような太陽の光が容赦なく照り付けてくる。そんな中を旅することは大変困難を極めただろう。


その道のりにおいて民が疲れをおぼえるとき、神は大きな雲の柱を立て強烈な日照りから民を守り導いてくださった。又、荒野の夜の旅路は一転して急激に冷え込み(湿気の多い日本では蒸し暑い夜であるが)、暗闇の中、獣や毒蛇に襲われる危険があった。神は火の柱を立てて民を照らし、寒さや不安と恐れから守ってくださった。雲の柱、火の柱は、「民の前から離れなかった」と記されている。イスラエルの民はそうした神の確かな臨在によって昼も夜も平安を得て、行進することができたのである。


今の時代、雲の柱、火の柱は見ることが出来ないが、聖霊の確かな臨在をもって昼も夜も私たちを守り、導いておられることを覚えて神に感謝している。そして聖霊の宮である私自身の体を、猛暑日が続く中でためらわずに部屋を涼しく保ち、自己管理にも努めよう。


 

   

牧師の書斎 2018.7.29

インドネシアから帰国したが、まだEmpowered21の余韻に浸っている。そして、これから始まる第3のペンテコステの波及について考えると心が逸りワクワクしてくる。

 

インドネシアへ行く前に、ある姉妹が妻の健康を心配して家庭集会の帰り際に「帰って来てね」と言われたと聞いたが、有難いことと2人で主に感謝した。そんな兄姉の祈りに支えられて元気で帰ってくることが出来もう一度主と兄弟姉妹に心から感謝している。
インドネシアはイスラム教国で、急増している教会に対して危害を与える勢力も少なくない。大型商業ビルやショッピングセンターに入る時必ずセキュリティーチェックのゲートを通らなければならない。今年の5月13日に、インドネシア第二の都市スラバヤで3つの教会の礼拝中にイスラム過激派ISの犯行による自爆テロで子供を含めて7人が犠牲になった事件がまだ記憶に新しい。セミナー会場SICCのゲートを通過する際セキュリティーチェックがあり、水と安全がフリーであると考えている平和の国である日本では考えることが出来ないインドネシア教会の命がけの信仰を目の当たりにした。

 

16日の夕方「Opening Celebration」で始まった。すでに会場は満席状態だ。舞台にいる大勢のワーシップのメンバーの前に各国の民族衣装を着た人々が次から次へと登場し、バックの大型スクリーンにはアジアの国々の風景が映し出され、日本は富士山と桜と鳥居が映し出された。会場にはアフリカ、欧米、アジアからと多種多様な人種や国から主にある兄弟姉妹が一同に集まり、初めて会った人と言葉の壁を越え、互いに挨拶をし会場を埋め尽くした14000人が神の家族であることを感じ喜びがやってきた。

 

メインの説教者は8人、分科会の講師が53人と多彩なゲスト、パワフルなワーシップで毎回霊的感動の中で過ごした。主イエスが栄光の姿に変えられたのを見た変貌の山で、同行したペテロが、「私たちがここにいることは、すばらしいことです。」(マタイ17:4)と感動したのと同じではないが主に感謝した。後で聞いたが家内も同じ御言葉を思い何度も感謝したそうだ。が、この場所だけでなく、いつもの教会の礼拝にも同じ御霊の臨在の中「ここにいることはすばらしいことです」と兄姉方と主を賛美していきたいとも願わされた。

 

 

 

  

牧師の書斎 2018.7.22

先週の火曜日から、インドネシアで開催された「エンパワード21(力を着せられた)アジア」のカンファレンスに妻と一緒に出席し、牧師の書斎は現地から送らせてもらっている。


13年前、SICC国際会議場と祈りの塔が献堂式され、その時インドネシアとすべての国の霊的覚醒のための預言が与えられた。今回エンパワード21アジアの開催はその成就であると言われた。世界44カ国から1万人以上の参加者があった今回の大会のテーマである「Fire & Glory(聖霊の火と栄光)」は、使徒の働き2章の五旬節の日(ペンテコステ)にエレサレムで約束の聖霊を待ち望んでいた120人に著しいしるしをもって聖霊が臨み、使徒ペテロのメッセージによって3000人が救われ最初の教会が誕生した。聖霊の著しい働きによって宣教の炎が世界的に拡がっていった第1のペンテコステ。そして、第2のペンテコステの火は、1906年にアメリカのロサンゼルスのアズサ通リで起こった聖霊運動のリバイバルである。これが全米に広がり、ヨーロッパ全域に拡大していった。私たちの教会が属している日本福音教会の前身はスウェーデンのオレブロミッションで創設者はジョン・オグマン師である。オグマン師はバプテスト教会の牧師であったが、アズサ通りで起こったリバイバルによって聖霊のバプテスマを受け、スウェーデンに帰国しストックホルムで教会を開拓し、オレブロ聖書学校を始めた。私たちの群れは福音派であるが、第2のペンテコステの恵みに預かるカリスマ派、穏健ペンテコステ派である。


今回の大会に向けて、主がインドネシアのニコ師に「この後、わたしは帰って来て、倒れた幕屋を建て直す。すなわち、廃墟化した幕屋を立て直し、それを元どおりする。それは、残った人々、すなわち、わたしの名で呼ばれる異邦人がみな、主を求めるようになるためである」(使徒の働き15:16~17)との御言葉が与えられ聖霊の油注ぎで、祈りと賛美と礼拝によって救われていない人々のためアジアのインドネシアから第3のペンテコステが始まっていくと語られた。

 

大会の分科会で特に日本のためとりなしの祈りがなされた。このような祈りの機会を与えられ、日本に神が著しい聖霊の働きによって多くの魂の収穫を与えて下さると益々信じ準備を怠りなくしていきたいと願わされている。権勢や能力に依らず、主の霊の働きによって日本が、大阪が、八尾南が聖霊の炎に燃やされ変えられことを期待し祈ろう。


 

 

 

牧師の書斎 2018.7.15

明日インドネシアで開催される「エンパワード21(力を着せられた)」のカンアファレンスに出席するため出発をする。今回のテーマは「聖霊の火と栄光」である。

 

ビル・ウィルソン師を始め、祈り手として有名なシンディ・ジェイコブ師、インドネシア・ベテル教会のニコ師等多彩な講師陣で楽しみにしている。
今大会は世界最大のイスラム人口を抱えるインドネシアでの開催ということで、どのような大会になるかと心配されているが、会場になるセントゥール国際会議場(SICC)は1万人以上を一度に収容できるニコ・ニジョトラハルジョ牧師が率いるインドネシア・ベテル教会(GBI)が建設したものであるが、イスラム国のインドネシアではこの建物を通常の主日礼拝のために使うことは出来ないが色んなイベントが開催されている。国際会議場の隣には24階建てのビルがあり、その最上階は「祈りの塔として24時間365日の祈りがささげられている。

 

15年前にジュリア姉がインドネシア・ベテル教会の最初の祈りの塔(高層ビルの最上階にある)に連れて行ってくれた。ジャカルタ市内の国会議事堂の近く、またインドネシア最大のモスクも近くにある、経済を支配する高層ビルが林立しているインドネシア国家の心臓部にあたる場所であった。その真ん中で1チームが6時間、1日24時間、一年365日霊的臨戦態勢で祈りが捧げられていた。
その当時、ニコ師とドン・ハルジョン師からジャカルタ郊外のボゴールで国際会議場と祈りの塔建設のビジョン聞いた時、余りにも大きな計画に驚いたが、3年前ジュリア姉の結婚式の後、新しく建設された24階建ての祈りの塔を訪問し、不可能を可能にされた主を崇め妻と一緒に祈りの塔で幸いな時が与えられた。

 

今回、ジュリア、アルテル夫妻の招待で妻も一緒にエンパワード21に出席出来ることを主に感謝している。セミナーが終わってからラハジアン家族とも交われることも楽しみである。もうすぐ夜が来るこの時、聖霊によって興されるリバイバルで日本がイエスのいのちによって生かされ変えられる事を期待している。セミナーの祝福と旅の安全をお祈り下さるように!酷暑の折り兄姉方ご自愛下さい。

 

 

 

牧師の書斎 2018.7.8

人間生きている限り誰でも美味しい物を食べることに興味をもっている。新聞に「歯と口の健康アラカルト」という見出しで、「口から食べることの大切さ」についての面白い記事が載っていたので紹介しよう。


「口の中には約300~700種類、数千億の細菌がいると言われていますが、唾液には食べ物の消化を助ける働きと、口の中を殺菌するという重要な役割があります。唾液の中には免疫系に関わるものが多く含まれているので、唾液が減って口の中が乾燥すると口の中に入ってきた病原菌などを殺菌できなくなり、細菌の住み家になってしまいます。食べたり話したりすることで唾液も出て、飲み込むと細菌も同時に胃や腸で消化されて、病原菌も処理されます。口から食べることは、食べ物を咀嚼したり、飲み込んだり、味を感じることで脳や神経系を刺激して活性化させ、全身の免疫力や抵抗力を高めることにつながります。口の機能が低下すると生活の質(QOL)も低下してしまうので、口から食べて、その機能を最大限に使い、QOLの維持と向上を目指しましょう」(毎日新聞7月4日号)


口から食べることは単に味わうことだけでなく、口の中の殺菌するという重要な働き、脳や神経を刺激しからだ全体を活性化するだけでなく、免疫力を高めるとかその効力は計り知れないことを知り驚いている。神がこれほどまでに私たち「人間」を微に入り細に入り全ての事を考慮され、注意を払って創造されたことを思うと感動する。神がここまで愛の故に配慮された事を覚えながら、十字架の血潮で贖われた私たちのからだを日々の生活の中で正しく管理していきたい、と強く願わされている。誰も強いられて食べるのではなく、生きている限りは楽しみの一つとして下さった神に感謝したい。また食べることの効能をしり、ますます食べる口実、楽しみが与えられたことは食いしん坊の私にとって感謝である。ただ食べ過ぎないようにも心掛けたい。


ちょっと怖~い御言葉を箴言から…
「あなたが食欲盛んな人であるなら、あなたののどに短刀を当てよ 」(箴言23:2)

 

 

 

牧師の書斎 2018.7.1

今週からの一日一章は、レビ記の日常生活の律法に入る。11章では食物規定について動物、水中にいる魚、鳥の仲間、昆虫他、食べてよい食物(コーシェル)、禁忌の食物について原則と例外詳しく書かれている。


動物についてはまず草食動物で(ライオンなど肉食類はだめ)、割れたひづめと反芻することが条件である。未調理の豚肉を食べることは旋毛虫病、E型肝炎に罹患する恐れがあるそうだ。牛肉はいいが、血の滴るビーフステーキはだめ。イスラエルを訪問した時、ホテルでステーキを食べた時、脂身もなく、パサパサのステーキで美味しいとは言えなかったのを記憶している。鳥については、ハゲワシなどがあげられている。猛禽類や死肉を食べる鳥などは禁忌である。海や湖に住む生き物では、ひれと鱗のある物は食べて良いが、貝、エビやカニ、カキ、イカ、タコ、アワビといった魚類以外のほとんどは、ひれと鱗を持たないので、食べることを禁止されている。魚介類の好きな私にとっては驚きであるが、鱗は泥や汚染から魚を守る機能があると言われ、鱗のない多くの魚介類頭等は食中毒の恐れが高いとされ健康上の理由もあるという。食事規定の理由として、古代社会の衛生意識の発達していない時代に人々の健康と衛生を守るためのものだったというのはよく言われる。本当の理由は?聖なる神のお心は計り知れない…

 

使徒の働き10章10~15節の中で神はペテロに夢の中で語られた。ペテロはもともとユダヤ教の社会に生活する人物で、もちろんユダヤ教の食物規定を守っていたが、主イエスの復活後、上記の不思議な体験を通して、神の創造した(動)物を「清くない」と言ってはならないことを示された。この出来事は地上にある動(植)物はすべて神さまの創造されたものであって、何が清くて食べてよく、何が汚れていて食べてはいけないなどという事はない、という信仰に立っているわけである。

 

このように、食べ物の規定を通して、神の御心は全ての人類が貴賤を問わず罪を犯した罪人であるから、救われなければならないと!ペテロに「宣教」の公平性を教えられた。与えられた全ての食物を感謝して食し、健康体で主の宣教命令に従って「至る所」で福音を伝えよう。

 

 

 

牧師の書斎 2018.6.24

先週の月曜日の朝(18日、午前7:58)、阪神淡路大震災以来大きな揺れを感じた。私は一瞬、以前から発生の確率が高いと言われている南海トラフ地震が発生したのかも?と思い心配した。早く情報を得るためすぐにテレビをつけ、震源地は?地震の規模は?各地の被害は?テレビのテロップを見ると大阪北部と表示され、規模は6弱と表示されていた。

 

阪神淡路大震災の時も地震発生と同時にテレビをつけたが、当初、大した被害はないだろうと思っていた。しかし、時間が刻々と過ぎるにつれて被害が甚大なものであることが判り、言葉を失いテレビに釘付けとなってしまったのを今でも鮮明に記憶している。

 

今回の地震も、被害が軽微で終わると思っていたが、ブロック塀の倒壊によって幼いいのちが奪われたり、家具が倒れ下敷きで亡くなった老人、広範囲にライフラインが止まって生活に大きな支障きたらせ被害状況が明らかになり、早期回復を祈らずにはいられなかった。

地球物理学者の寺田寅彦博士が「天災は忘れた頃にやってくる」と天災の備えを忘れないようにという言葉を残したことは有名である。

 

地震の揺れを感じる時、いつも思わされることはマタイ伝24章に記されている主イエス・キリストの再臨と世の終わりの前兆に「方々にききんと地震が起こります」(7節)のみ言葉である。クリスチャンである私たちはいつも目を覚まして主を待ち望むことを教えられる。地震のサイクルから南海トラフ地震が近い内に発生すると予測されている。予測されているその地震は巨大で、経済的損失被害が千数兆円と見積もられているほどであるから甚大な災害がやってくる。まず、自ら目を覚まし、襟をただし、私たちのできる執成し手としての祈りをささげ神の前に備えていきたいものである。

 

 

牧師の書斎 2018.6.17

先日、どうしても読みたくなった本を探していた時に、「生活の処方箋」という40年前に購入したA6サイズの小冊子(第1集から第3集)が出てきた。50ページ足らずの冊子で僅か1時間足らずで全部読んでしまった。読後、この中に納められている語録を紹介したいと思った。


生活の処方箋の著者の千代崎秀雄師は「この本に書いてあるようなことは、ホンのつまらないものにすぎません。『生活の処方箋』の本家本元を、たねあかししましょう。それは『聖書』です」と言っておられる。」また「本当の意味でわたしたちの人生を照らすともしびは、聖書そのものです。聖書は、この小冊子の何万、何億倍のすばらしいものを内に秘めている本です」と書いておられる。

 

箴言は神が与えて下さった実際的な生活の知恵である。箴言の多くは神から与えられた知恵でソロモン王が書き記した。箴言は31章あり、毎月1日1章を読みなさいというメッセージを聞いたことがあるので、ある時には毎日読み数か月間続けたことがあるが、兄姉にもお勧めする。
聖書のみ言葉も添えてみた、この「生活の処方箋」から神のお心がもっと身近に感じられれば…

 

「生活の処方箋」から たずねひと
多くの人たちは「自分を助けてくれる人を」熱心にさがす。
むしろ、「自分が助けてあげられる人」を常にたずねる人は幸福である。そういう人は、必要なときに彼を助けてくれる人に、事欠くことはない。
「おおらかな人は肥え、人を潤す者は、自分も潤される」
                   箴言11:25 

 

 

 

牧師の書斎 2018.6.10

イスラエルでの日常生活の挨拶は神の平安があるようにという意味の「シャローム」と交わす。それは。何千年も隣接する国々から戦争の脅威にさらされ、何度も国が戦場となり焦土されたイスラエルにとって「平安」と言うことが何にも代え難い尊い言葉であるからと理解している。


随分前に読んだ「日本人とユダヤ人」に(著者イザヤ・ベンダサン、実は山本書店の山本七平さんと言われている)が、日本は「水と安全はタダの国」と書かれてあった。しかし、今はその言葉は過去のものとなったと感じるのは私だけではないだろう。今は水道水を飲むよりペットボトルの水が多く飲まれるようになり、最近の内閣府世論調査では、日本は安全で安心して暮らせる国だと思わないが56%に上っている。また、イギリス経済平和研究所が発表した、2017年の世界平和度指数で日本は前年度から1つ下げ10位だそうである。日本の中だけでも平和が薄れつつある今、私たちの世界を取り巻く情勢は平和を脅かすニュースに尽きることがない。今週12日の火曜日、世界はシンガポールで開催されるアメリカのトランプ大統領と、北朝鮮の金委員長の会談に注目している。大国のエゴ、核による威嚇、それぞれの思惑に平和は程遠いものを感じる。


真の平和は自分の罪を悔い改め、心の王座を神に明け渡し、神に支配されなければ成立しない。
平和とは、新約聖書が書かれたギリシャ語で「エイレーネー(一つに結び合わせる)」である。イエス・キリストと私たちが一つに結び合わされる時に心の中に真の平和が訪れる。


主が「平和をつくる者は幸いである。その人は神の子と呼ばれるからです」(マタイ5:9)と言われた。私たちクリスチャンはピースメーカーとして神が遣わしておられることを確信し、身近なところから「和解の使者」の務めを果たしていこう。

 

 

 

 

牧師の書斎 2018.6.3

先日、知人の牧師が急に倒れられた。原因ははっきりしないそうだが過労かも知れないとメンバーの姉妹から聞いた。これまでも同じような症状が何度かあったそうだ。いつも牧師を愛し尊敬している一姉妹が大変心配をされ、教会の兄弟姉妹に三日間教会に集まり先生のために特別の断食の祈り会をしようと呼び掛けられ、数名の兄弟姉妹が集まったそうである。


私たちの教会の牧会方針の第一番目は「熱心に祈る教会」である。使徒の働き12章に「ヘロデがペテロを捕えて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。」(4節)。絶体絶命の危機に直面した。その時みんながペテロの救出のため教会に集まり熱心に祈り続けた。本来の教会のあるべき姿でもある。私たちの教会でも出戸会堂不動産取得のとき、兄弟姉妹たちが会堂上にある母子室でいつも数名の兄弟姉妹たちが祈っていた。あの時・・・みんなに呼び掛けるよりも、みんながいつも心を合わせて祈っていたという印象であった。心を一つにして祈る祈りには神ご自身も立ち上がられ大きな力となる。神の国の働きのために必要な人材はとりなしの祈り手であると断言出来よう。

 

としなしの祈り手は偉大な才能がなくても誰でも出来ることである。これは宣教の中で一番大切な働きであって、神の御業を目の当たりにし、また一番に見る特権にあずかる、最も光栄な務めであると言っても過言でもない。イギリスの名説教者、CHスポルジョンは「諸君は、偉大な才能をもっていないかも知れない。また、偉大な才能がなくても、としなしの祈りを豊かであれば、それと同じような働きをすることができる」と言った。

 

今、私たちの教会でも緊急の祈りがある。主によって心を動かされた祈りの有志を再度集めて祈っていきたい。

 

 

 

牧師の書斎 2018.5.27

先週の水曜日の朝、来客がお見えになった。愛知県から自分で車を運転し各地にある教会を訪問している自己紹介された菰田末人さんは、85歳であられるが、主に在る兄弟とあえて呼ばせていただくが、もうすでに教会訪問した数は1700を超えると言われ驚かせられた。小さなパンフレットを出して、これを読んで下さいと言われた。

 

そこには奥様、尚さんの証しが書かれていた。「35年間、夫の経営する会社で経理をしていましたが、60歳で仕事を辞め、絵でも描こうかと、植物画教室に通い始めました。描いた絵を飾っていても何か物足りなさを感じました。仕事をもぎ取られ、生きる意味をなくしかけていた時、長いこと離れていたイエス様の手にすがって生き返った私。「もし福音を宣べ伝えないなら、私はわざわいである」とのパウロのことばが迫ってきたのです。この絵にみ言葉をつけられないかと思いついたものの手段が分かりません。そんな折、息子たちに勧められて65歳でパソコンを購入し、半年後にしおりを作れるようになりました。初めの頃は、今思い出すと赤面するほど幼稚なものでしたが、渡した人が喜んでくれたり、『聖書って良い言葉があるのね』などと言われるとこの上ない喜びを感じました。文字だけのものより、絵が添えてあるだけで10秒でも目を留めてくれます。み言葉に救われた人の話はよく耳にするので、小さなしおりでも大きな力になることもある、と信じています。植物画は描くのに何日もかかるのですが、絵が出来上がるとみ言葉はすぐに与えられます。また、描きたいと思った花が、なぜか私の所に来てくれる・・・そんな不思議なことが何度もあって『イエス様が共にいて働いて下さる』の思いは確信となっていきました(後略)」と書かれてあった。


菰田さんは、大好きなイエスさんを多くの方に伝える御用のために用いてもらいたいという思いで奥様が描かれた120種類の手作りのしおりを持ってこられた。これまで十数年で1700以上の教会に届けられたお二人の神様への熱い思いに感動と共に教えられることが沢山あった。しおりをもって訪問する教会数を500、800、1000と増やされたとの事。

 

奥様と共に主のしもべとして生涯現役で奉仕をしておられる姿勢に私たちも倣いたいと思いながら、車で出発される菰田さんの安全を祈った。良い出会いを主に感謝!